ネット上で活動することは、ピラニア満載のプールで泳ぐのと同じ事だと最近考えるようになっています。
ピラニアというのは基本的に大人しくて臆病な性格なので、通常はピラニアが生息している河で泳いだりしても大丈夫です。 しかし、いくつかの条件がそろうと集団で襲いかかります。 ピラニアの集団に襲われた相手が攻撃によってさらに出血することでより多くのピラニアが呼び寄せてられます。
ネット上の多くのユーザもピラニアのような傾向がある気がしています。 普段は、おとなしくしているのですが、何かのキッカケがあると一気に集団で襲いかかります。 中国では、オンラインとオフランを駆使しつつ、話題になった人物の素性を集合知的に探る行為を「人肉検索」と言いますが、ピラニアが人肉に喰い付いているようなアナロジーがピッタリ来るような気もします。
「出血している」対象を探して徘徊していて、ひとたび相手を見つけると「ここに出血している相手がいるぞー!」と仲間を呼び寄せる突然発生型の場合もある一方で、長い時間をかけて多くの人々に不快感を与えたり不満を蓄積させ、そこへ、何らかの失言などが発生し、大義名分を得たネットユーザが燃料を得て爆発するような勢いでピラニアのように襲いかかっていくという場合もあります。 ひとたび「これは叩ける!」と思った人々の行動という視点で各種騒動を見ると、怖いものがあります。
自分が出血していたり、自分がピラニアに狙われているわけでなければ、特に問題無くプールの中で泳ぎ続けられるわけですが、何らかのキッカケで負傷したらきっと集団で襲ってくるんだろうなぁと、思いつつも状況によっては自分もピラニア側だよなぁと思う今日この頃です。
592 名無しさん@七周年 New! 2007/01/25(木) 19:16:05
僕は日本の女性が好きだから言う。
彼らが男友達といる時にあなたの事を何と言っているか知るまで、
外国人の男を信じちゃ駄目だ。これは男にも言えるよね。
僕はデートする前に女に言う。「僕、金ないよ」。
これで相手の考えていることが簡単に分かる。
女性の社会進出とか言うけど、いつの時代も同じだね。
女が男に求めるものは財政的安心、そして男が女に求めるのはsex。
ただやり方と言葉の表現方法が変わっただけだよ。
「I love you」「you are so beautiful」と言われた。
「日本の男はこう言う事を言つてくれない」だそうです。
それは彼女達の外国語能力が低いからだ。
アメリカの男もヨーロツパの男もこれは言わない。
「他に言えないの?」と笑われるからだ。冗談だと思われるね。
今時こんなクラシツクな口説きかたは誰もしない。
日本女性が言う「私の彼はよくI love youと私に言うわよ」。
それは彼女達が英語を理解できないからだよ。
どんな馬鹿でも「I love you」は知っているからね。
それ以上に気のきいた事を言っても分からないでしょ?
まともな女はこれでは落ちない。
ヨーロツパで嫌になるほど言われた。
「日本の女とsexするなら三つのセリフで十分だ。
I love you (愛しているよ)、
you are so beautiful(君はすごく美しい)、
そしてyour English is good (あなたは英語が上手いですね)」。
「これで落ちないなら、この女は本当に英語が理解できると
思っていい」と言っていた。
前にも書いたけど、日本人は馬鹿にされているんじゃなくて、
馬鹿にされる事をしているんだよ、外国で。
いいかげん分かってよ。
「御宅族」は日本語のオタクに近く、アニメ・マンガ・ゲームを趣味とする人のこと。一方、「宅男」は「引きこもり」 「アニメ・ネット・ゲーム中毒」「コミュニケーション不全」などなど負のイメージの言葉。ですが、今では「御宅族」という言葉が使われる頻度は少なくな り、どちらも「宅」「宅男」で表現されることが大多数。となると、「アニメ好きは全員、引きこもり」という誤ったイメージが広がり、えらいことに。
オタクは世界に誇る文化です。
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引きこもりが文化、だと……。
オタク経済はすでに大きな影響力を持っています
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働いていないのに、なんでそんな金が?!日本はやはり先進国だな……。
萌え化「日本鬼子」は、2ちゃんねるのオタクたちが生み出しました
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ネット中毒の一団が大同団結かよ……。勤労の義務を果たさず、差別されている者同士が団結して、お国のために立ち上がったってわけかい。
といった誤解を持っている人が結構いるようで。
いや、もちろん日本事情に詳しい人はちゃんと分かっていますが(大事なことなので強調)。
福島で取材していると、「逃げる」という表現をよく耳にする。「うちの近所にも逃げた人はいたよ」とか「逃げたいけど先立つもの(カネ)がないからね」といった具合だ。
「逃げる」が「避難する」という意味に使われているのだ。それは「放射能から逃げる」という意味でもあるのだろうが、多分に「仲間をおいて逃げる」というニュアンスを含んで使われているように感じた。
大人だけではない。子どもの社会でも「逃げる」という表現が使われている。小学生の子どもを持つ父親が語った。
「一時避難していて学校に戻ってきた子どもが、まず友だちに言うのが『ごめん』なんだそうです。避難していた子を『あいつは逃げた』と、うちの子も普通に言います」
露骨なイジメがあるわけではない。「逃げた」と言う方も、あからさまな敵意があって言うわけでもない。
しかし、そこに「陰湿な空気」を感じないわけにはいかない。それがあるからこそ、戻ってきた子どもがまず口にするのが「ごめん」なのだ。
「友だちを残して自分だけ逃げてきた、という気持ちを子どもは持っています。それに苦しんでいます。だから、『帰りたい』と何度も何度も言うんです」。子どもを避難させて、自らは福島に残っている父親はそう言った。避難した子どもも、避難した先で「ごめん」という気持ちに苦しんでいるのだ。